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高知の面白情報・今昔・夜景・等々

高知城国宝化運動 土佐の歴史 高知の夜景、面白、巨木・滝・四季の様子などを画像で紹介

高知城天守と三ノ丸に生えた白詰草

天守を見上げる三ノ丸に白詰草が生えちょりました。
21-05-02天守①

👇午後4時過ぎは普段ならチラホラですけんど連休で国内外から観光客が多く見える。
21-05-02天守

👇山内容堂公屋敷跡の鷹匠公園の中心にも白詰草が生えた
21-05-02鷹匠公園2

高知城の長宗我部期石垣

長宗我部元親が1,588年(天正16年)築城した時の石垣が高知城三ノ丸に残されている。
①長宗我部期石垣2

👇三ノ丸より天守を!令和3年4月21日ツツジが満開
⓸21-04-21三ノ丸より天守

👇三ノ丸の石垣の説明(現地説明板より) 以前は水害の為に長宗我部元親が浦戸に
移ったと言われていたが、豊臣秀吉に命じられ浦戸に移ったと言う説になっちょります。
②長宗我部期石垣1
③長宗我部期石垣3

👇2005年三ノ丸石垣修復作業時長宗我部元親が築城した時の石垣が出て来た。
⑤2005年三ノ丸石垣工事

高知城天守の高欄と満開の桜

完成した高知城天守の回廊に出てみたらあちこち桜が満開 現存天守いわば
本物の12天守の内、犬山城と高知城のみ回廊に出て城下町を眺めれる、その
貴重で贅沢なことを高知県民は気づかず当たり前と思う人がほとんど。
21-04-01高知城高欄と桜

👇高欄 20数回の漆塗りの工程は凄い
高知城高欄漆塗り作業工程

👇天守から三ノ丸を見下ろした
21-04-01三ノ丸

👇天守より北下の二の丸
21-04-01天守より二の丸

👇杉の段より天守
21-04-01高知城


21-04-01高知城1

👇三ノ丸より
21-04-01高知城2

👇三ノ丸北東付近から
21-04-01高知城3

👇動画 一般人が現存天守の回廊に出て城下町を見下ろせるのは犬山城と高知城だけで 
彦根城・丸岡城・松山城は高欄、回廊とあるが実用で無い為、外に出れない。姫路城とか他
7天守は窓から外を見る構造。模擬天守とか戦後に作った天守は特に高欄+回廊が多い。

高知城天守等にスプリンクラー設置を願う!

現存天守高知城は1727年放火による城下町からの火災で追手門等を残しほとんど燃え
20年後に再建されちょります。首里城とか藩政時代を過ぎて近代に再建された建造物なら、
又同じように再建出来ますけんど、現存天守等は取り返しはつかんです。国宝・世界遺産
でもある姫路城等は茶色に塗装したスプリンクラーの配管が城内に張り巡らされて居ります。
確かに不自然ではありますが、木造建造物でもあり、放火とかされると、消防とか来る前に
短時間に燃え上がることは間違いないことですきね。高知県も2020年頃から検討に入って
いるとのこと2021年1月には高知城天守他、松山城等あちこちで柱を傷つけられた事件が
勃発しちょります。傷はもちろんいかんですが、火災となると形が無うなる、早急に対策をお
願いしたい。
 防犯カメラも2021年1月現在10ケ所設置ですが、主に3ケ所のトイレに二つづつ6ヶ所と
追手門に2ヶ所詰門に一つ、黒鉄門に1ケ所合計10ケ所です。これでは映らん場所が多
過ぎですき、もっと増やすことと、要所に(防犯カメラ監視中)の立て札等も必要ですきね。
21-01-28スプリンクラー設置

👇姫路城天守内スプリンクラーの配管
21-01-28姫路城スプリンクラー
綺麗ごとを言っても現在出来ることは この方法しか無いです。
21-01-28姫路城スプリンクラー2

👇高知城詰門に一つある防犯カメラ                             👇
21-01-28防犯カメラ

👇ついでに 高知城天守の無様な電気配線はすぐに直してもらいたい。
21-01-28高知城天守の無様な配線


藩政時代の高知城の絵図

詳しい年代が書かれて無いが野中兼山邸跡とあるのでおそらく1600年代後半に
書かれた高知城絵図を 吉松靖容氏が毎日高知城天守に行き見事に同じ大きさに模
写したものです。数年前管理されてる息子さんの了解を得て写真を撮らせて頂きました。
藩政時代之高知城_0

上の画像は中心部を切り取っちょります。
縮小した全体の絵図は👇
20-07-26藩政時代之高知城1


高知城天守高欄塗装改修工事

高知城天守高欄の塗装改修工事令和3年1月29日まで残念な姿
20-06-12天守高欄塗装補修工事

↓高欄は漆が塗ってある、撮影日は2015年、回廊の床の黒色塗装
がはげているのが見える。 一時中国産の漆を使用していたが、品質
が悪く現在は国産の漆を使用するのが原則とのこと。取り外し広島県
の厳島神社等を手掛ける専門業者にも移送し漆塗り等手直しする為、
日数が多くかかる。
2015年天守回廊
高知城天守の高欄は以前に書いたように現存天守の中で犬山城と二つ
のみ回廊を歩いて回れる天守ですけんど、残念ながら漆の塗装の補修を
頻繁にせんと高欄の部材、回廊の床に穴、亀裂が入り駄目になる為10年
~20年に一度部材取替したり塗装改修の必要があるがです。
20-06-12天守高欄塗装補修工事2

20-06-12高欄塗装改修工事
20-06-12天守高欄塗装補修工事説明

動画

高知城杉の段の井戸とサツキツツジ

昔杉の巨木が多くあった為 杉の段と呼ばれている、天守を見上げる場所の横にある井戸は14あった城内でも一番良い水とされ井戸の深さは18mあり毎日午前10時・正午・午後4時に藩主の住む二ノ丸御殿に運んだ。2020年5月30日サツキツツジが綺麗に咲いちょりました。
20-06-01杉の段

20-06-01杉の段2


20-06-01-説明

動画

高知城追手門外壁漆喰補修工事

重要文化財でもある高知城追手門が外壁漆喰補修工事中 6月30日まで。
20-05-28追手門工事1


20-05-28追手門工事

土佐藩の家老だった板垣退助が(表玄関を抜かりなく綺麗に頼む!)と言いよります。
20-05-28追手門工事2

高知城 2番目の巨木 イヌマキ

高知城梅の段北西にあるイヌマキの巨木は周囲4.5m 樹高20m 樹齢は推定400年
庭園用として植えられる 県内でもまれなイヌマキの巨木 木の根も迫力がある
20-05-21イヌマキ
この根を見たら城郭の建造物・石垣の近くに木を植えるのは駄目と言うことが良くわかる

20-05-28高知城イヌマキの木

41秒の動画



高知城古図最古のもの

高知城 築城初期の古図 左が北側 追手門が右上に描かれている。(県民グラフ歴史特集より)
慶長から元和の時代とは1596年~1624年
20-05-05高知城古図最古のもの

高知城古図その2 寛文(1661~1673年)上図に比べ城郭とその周辺がはるかに複雑化している(八軒町 森家旧蔵)
高知城古図2

高知城古図その3 明治8年公園となった当時の絵図(松野尾氏皆山所所集) 現在の高知城歴史博物館側から見た図
20-05-05高知城古図3


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