fc2ブログ

高知の面白情報・今昔・夜景・等々

高知城国宝化運動 土佐の歴史 高知の夜景、面白、巨木・滝・四季の様子などを画像で紹介

板垣退助像 前に上げた手で解る 戦前戦後では向きが違う

追手門広場に大正12年板垣会の前身財団法人板垣伯銅像建設同志会が寄付を募り龍馬像の製作者本山白雲に依頼し板垣退助像を製作したもので・本山白雲は(私は伯の知遇を受け、生前芝公園の銅像を造った経験もあり、伯が左手を肘張り右手を出せるはこれ憲政の基を開き、自由民権を唱えられた伯の面目を活かさん為である。
戦前戦後 退助像2

(大正12(1923)年、高知城追手門内に板垣銅像が建設された。この運動を機に「財団法人板垣伯銅像建設同志会」が認可され、今日の板垣会の基が出来た。 大正12(1923)年、高知城追手門内に板垣銅像が建設された。この運動を機に「財団法人板垣伯銅像建設同志会」が認可され、今日の板垣会の基が出来た。戦時中、敗戦の色濃くなるや、銅像は供出され、誕生地・高野寺に建設された板垣会館も空襲によって全焼した。にもかかわらず、建設同志会は保存、さらに財団法人板垣会と改称して存続し、戦後も会の目的を板垣伯の「遺徳を顕彰し自由民権思想の拡充徹底に務め民主的文化国家実現に寄与する」と改めて活動を続けた。

 この後、板垣会のシンボルとしての銅像は、昭和31(1956)年に再建を果たした。自由民権を叫ぶ雄姿は、今日に至るまで人々の心に強く訴え続けているが、年月を経て損傷が甚だしいものとなったため、本会は団体・個人の浄財を募って修復の上、平成2(1990)年、これを高知県に寄贈した。 
以上 特定非営利活動法人 板垣会 会報 板垣会理事長 古谷 俊夫 ご挨拶より
板垣会NPO法人板垣会
関連記事

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する