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土佐の昔の面白話 NO-56 井上陽水のこと

井上陽水の父は歯科医で佐賀町に歯科院を準備中倒れた・土佐史談269号土佐歴史余話
19-05-30陽水と秋水

土佐史談会機関紙 土佐史談269号目次
19-05-30目次

井上揚水の父 若水は高知県幡多郡佐賀村に明治41年父廣之助、母小竹の8人の子の長男として生まれちょります。
井上家は港町佐賀で旅館を兼ねた商売をしちょります、その関係で回船問屋とも付き合いがあり中村の幸徳家と親戚
関係(養子にとか暖簾分けとか長くなる)になったと言う。
 祖父廣之助は人よしで商売向きでなく家業が行き詰まり昭和9年頃一家を上げて神戸に出た 父若水が25歳の時で色々仕事をし歯科院で働き独学で技術を身に付け資格をとった、昭和23年待望の長男が生まれ名を陽水(アキミ)と付けた。秋水も(アキミ)と読める。
 陽水は父を継ぐべく歯科大を目指したが失敗、親の期待を裏切り歌の道に進み最初アンドレ・カンドレの名でデビューしたが売れず昭和47年本名の井上陽水で再デビュー曲は(人生が二度あれば)・・♪♪父は今年2月で六十五 顔のシワは増えてゆくばかり♪♪・・・
 父若水は当時の佐賀町長から強い要請を受け佐賀にない歯科医院を開院準備中 陽水のデビューの年の6月突然65歳で倒れ陽水の歌が鎮魂歌になった。若水は佐賀の荒神山、井上家累代の墓に葬られちょります。陽水はたびたび墓参りに帰り、里帰りコンサートをノーギャラで開いたこともあるがです、佐賀の親戚が若い陽水を中村の幸徳秋水の墓に連れて行ったこともあるそうですけんど 陽水は秋水については語らない、名前の由来も含めその心の内を覗きたい、、、と結んじょります。土佐史談をそのまま貼るわけに行かないのが残念ですけんど・土佐史談269号 陽水と秋水、参考文献は田中全(陽水と秋水 文芸はた)五号所収、2018年7月 

父のことを思い泣いても知りません。。。人生が2度あれば 
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