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人類最悪のインフルエンザはスペイン風邪と呼ばれた。

大正7年(1918年)世界・日本・高知県民も恐怖のどん底に、、、土佐史談251号に詳細が!
スペインインフルエンザと高知県

2020年2月19日現在中国からの新型コロナウイルスで世界中が
恐れているが1918年第一次世界大戦のさなかスペイン風邪と呼
ばれた新型インフルエンザは人類を襲った最悪のインフルエンザ
と言えるものだった。スペインと名はついているがアメリカで確認
され各国の軍隊を介し世界で大流行し4ケ月で地球を一周した。

日本では大正7年に全国的に流行し、3年間で人口の約半数の
2380万人がかかり、約39万人が死亡したと報告されている。

高知県では総人口703.899名の内147.200が罹患し その内
924名が死亡したことになっている。ただ死亡率は0.63%と
全国最低の数字 徳島県は4.465名 香川県6.028名  愛媛
県5.643名 高知県がこの程度で終わった理由は分かっていない。 
  以上土佐史談251号 p55~p70 公文豪氏著 より抜粋

県内の患者数等を 学校 軍隊 郵便局 商店 病院 県庁 
市役所 土佐電気鉄道 日曜市等 それぞれマヒした模様が
書かれてますが 論文のため ここにそのまま書くわけには
行かず 残念。(朝倉44聯隊は聯隊長以下兵士のほぼ全員
が感冒にやられ、軍隊としての機能を完全に失っていた等)

筆者が高知県が何故国内で一番罹患率が低かったか?
推測するに大正7年頃は人口67万人ほどで高知市は
わずか49.000人 圧倒的に広い県内に散らばって居る
状況、それに現在と比較すると他県から現在と違い
流通が乏しい状況。 陸の孤島のため、広がりが少な
かったと推測する。現在と比較すると、大きく状況が違う。

注 オーテピア高知図書館4階郷土史研究室又はオーテピア
3階郷土史コーナーで土佐史談251号の閲覧は出来ます。

251号表紙
251目次

土佐史談251号 公文豪氏が書かれた大正7年スペインインフルエンザ高知県の詳細の論文

土佐史談会 HP
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