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安岡良亮のことを知る人が少ない!

幕末 現四万十市生まれの安岡良亮は幕末において幡多勤皇党 樋口真吉と並ぶ人物であり 
龍馬より10歳年上である。京都の小松帯刀邸において、薩摩の西郷隆盛と土佐の乾(板垣)
退助の間で交わされた(薩土密約)の締結にも参画した。
 戊辰東征にて迅衝隊半隊長として参加し 千葉流山で捕縛された新選組近藤勇を江戸板橋に
連行し、刑を決めるさい、土佐代表の良亮と谷干城の強い主張が通り、斬首したことは有名である。
20-03-19安岡良亮
戊辰戦争時は龍馬暗殺の犯人は新選組と言うことが信じられており安岡良亮と谷干城は龍馬の敵討ちをしたもの。



数少ない 安岡良亮の写真 
2020-03-19 112213

安岡良亮はその後明治新政府に入り集議員判官、民部小丞から、
高崎県(群馬県)参事、度会県(三重)大参事、さらに白川県県令
白川県が熊本県に改まってからの初代県令(知事)となった。

これらの県はいずれも廃藩置県後、政情が不安で難治の県と
されていたところであり、良亮の人心掌握の力をかっての
大久保利通の任命であった。熊本では不平士族の神風連が

暴発寸前であったが、良亮による硬軟両様の融和論が
功を奏しつつあった。しかしこれをおさえられず、ついに明
治9年、神風連の切込みにあり、命を落とした(52才)

乱は制圧されたが、危機感をもった政府は、いったん退
ていた熊本鎮台長官に谷干城を再任し、防備を強化した。
もし、神風連が温存されていたら翌年の西南戦争において

西郷軍に合流したてあろうし、そうなれば熊本城は落城
全国の反政府勢力が一斉蜂起し、明治政府は瓦解して
いたであろう。

盟友谷干城は熊本で英雄となったが、良亮は捨て石となった。
    
   以上 土佐史談 264号 安岡良亮とその一族
          田中全氏 著 より 引用

墓は熊本城近くの県官墓地にあるが熊本の人達からも
忘れられた存在になっている。

尚 この論文は一部で 全部を見たい方は088-854-5566 
土佐史談会事務局に連絡頂くと有料ですがコピーの上郵送致します。



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