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JAF公認自動車レース・SR311で優勝(約半世紀前)

こじゃんと輝いた1972年10月22日岡山県中山サーキット山陽2000レースSクラスで優勝
ただし優勝したのはこの時 一回のみ。前列中央のフェアレディ2000(東名チューン) 
全体では9台だが2000クラスの出走が3台のみでホンダ1300等と同時出走のレース。


最下段に1971年から1976年までJAF公認の鈴鹿・富士・他のレースの成績のリンク有
1972年10月22日西日本自動車レース

昭和46年(1971年)上のレースの前年追手筋の駐車場にて県内のレースカー・ジムカーナーの
車を集め開催した時の写真背中が筆者・あんまり写真が残ってない。優勝した時のJAFのメダル
も探したが見えず残念。
s46年追手筋PKにてレースカー展示

ほぼノーマルの黄色のSR311では良い成績が残せず前出の東名フルチューンのSR311の中古を
東京まで買いに行きようやく一回のみ優勝の成績を残せた。2位とか3位とか6位とかリタイアの残念
な成績だった。今と違い岡山迄トラックに乗せ練習に毎週行くのは時間的にも金銭的にも大変な時代。
70年sr311

1972年頃にはサバンナRX3のロータリーエンジンが全盛になり全然勝てず翌年サバンナRX3
の新車を買い、翌日廃車しレース用に改造(販売会社ではナンバーを一度登録せんと売ってくれん
と言うし、サバンナRX3の中古車は無いし、夜中までバイトし購入 新車の内張り、座席メーター等
外し、レース用に改造して走るも、、マツダファクトリーチームが近いので遊びがてら?来て一緒に
走るも全然勝負にならんかった。第一高知から当時トラックに載せフェリーで渡り練習に一度行くと
2000CCの車のレース用タイヤは約1時間ですり減り ブレーキパットも消耗(小さい狭いコーナーが
多く消耗が激しい)特に車と腕のレベルが違い、お金が続かず練習不足、ほとんど前日の夜出発
翌朝レース場に着き、ぶっつけ本番。 ただフロンテの青木君とかは腕も車も良く連戦連勝だった。
もう一人トヨタビスタ高知の元社長 横田英樹君(FⅣクラス)も連戦連勝だった。
73年中山サーキットサバンナRX-3

JAFモータースポーツ71年から76年のJAF公認レースの成績表
トヨタビスタ高知の前社長の横田英樹氏 SRC杯ゴールドトロフィーレース大会NO1
FL-500クラス優勝とか 富士グラチャンの高橋国光 長谷見 昌弘 日本グランプリ 片山義美
等々 そうそうたる名前が出てくる.72西日本自動車レース大会NoIII10月22日に優勝(暇な人は見てよ) 
ただ最後に優勝した時出走3台完走2台!
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