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高知城追手門2階にあった学校の話

明治7年自由民権運動の立志学舎に対抗し佐々木高行・谷干城らと気脈を
通じた保守派・原茂胤(伝平)を社長とする静倹社が「静倹学舎」として発足
明治7年追手門2階の学校
『佐々木高行日記・保古飛呂比』第34巻に、明治7年4月20日、原茂胤(伝平)
が佐々木高行に宛てた書簡が載っており、それには「連輩周旋の変則学校、
場所無之、過日来頻りニ周旋の模様ニて、小僕も其儀ニ預り候処、漸追手
御門を拝借ニ相成、追々開校の筈ニ相成居候由」とあります。明治7年の
創設当初は、教員4人、生徒数290人で、もっぱら国学・漢学を教えていま
したが、明治11年(西南戦争の翌年)頃に消滅。
 以上・自由民権運動研究第一人者 土佐史談会副会長公文豪氏よりの情報

20-09-05追手門

追手門2階平面図・ 意外と広く部屋は3部屋
16-10-02追手門2階平面図

追手門桁行断面図
16-10-02

2016年10月土佐史談会講座レジメより
16-10-02高知城土佐史談会講座
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