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土佐市にとって波介川は必要であり又大敵である

仁淀川支流の波介(はげ)川・古くは長宗我部元親が堤防を築いたと古文書にあるように
この川との闘いは壮絶そのものである。明治時代には水害の為に、数年に一度しか作物が
収穫できんことがあり、その為波介川流域の百姓はこの地を捨て遠く南米に移民したり、
高知市の旭地区に移住したとの記録が土佐市史に残されている。近年でも昭和50年8月
台風5号の仁淀川本流からの逆流により、県道39号線に架かる弥九郎橋付近で、現在の
堤防上約1.2mまで浸水水位があったと言う。     👇          👇
20-12-04はげ川氾濫

👇昭和50年台風5号では本流仁淀川の中島堤防の越水をはじめ、波介川右岸用石地区の
堤防の決壊(約100m)家屋全半壊2.128戸 等大きな被害が出た。
20-12-04国交省HPより

👇なぜ波介川等が大昔から氾濫するか?国交省仁淀川整備計画のHPに載っている図を
見たら良く分かる。本流仁淀川が増水した時、波介川中流部は、はるかに水位が低い
20-12-04国交省HPより水位

👇46秒の動画


仁淀川流域の概要(治水編)
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