fc2ブログ

高知の面白情報・今昔・夜景・等々

高知城国宝化運動 土佐の歴史 高知の夜景、面白、巨木・滝・四季の様子などを画像で紹介

高知城の堀は4回埋立られた

現在残る堀は藩政時代と比べると いかに多く埋立てられたかが一目瞭然
まず明治7年、県庁南側が一部うめたてられ現在の様に狭くなった。
明治18年には、西側の堀が埋立てられて道路等になった。大正13年には
辷山北西に江ノ口川が湾曲したのを堀として用いていたのを埋立て、江ノ
口川を直線にした。現在スベリ山に沿った道が堀の痕、道として残っちょり
ます。戦後の昭和22年には駐留軍の指示により、東側の堀が埋立てられ、
公園駐車場、一部丸の内高校等として利用されちょります。
21-08-14新旧堀

👇唯一藩政時代の堀の奥行の広さを残す場所は、県庁南西の堀
21-08-14高知城南西の堀

👇5年前にもアップした・江ノ口川の蛇行した流れを大正13年に変えた
21-08-14高知城堀の変遷

◎お堀はこじゃんと減って残念ですが、現存する12天守として存在し
本丸御殿等本丸の建造物がすべて残る唯一の城、それに追手門も
残っちょります。胸を張れる立派な城郭です。
関連記事

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する