高知城二ノ丸 山内容堂公銅像と野村茂久馬翁

2015.11.05 (Thu)
戦前まであった高知城二ノ丸の山内容堂公銅像と右から3番目は土佐の交通王と呼ばれた野村茂久馬翁
容堂公銅像2写真は野村家よりお借りした写真から転写したもんです。

↓ 高知城丸の内緑地北東に佇む野村茂久馬翁像
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土佐の交通王と呼ばれる野村茂久馬翁は明治2年現奈半利町に生まれ、現・高知県交通、現・新高知重工創設者 また、土佐電気鉄道安芸線:1974年(昭和49年)廃止)の建設なども手掛けた。 昭和初期、独自に本四連絡橋神戸・鳴門ルートの構想を持つなど先見の明を持っていた。 坂本龍馬・中岡慎太郎・板垣退助らの銅像を建てるため奔走する青年達に、乗合自動車の無料乗車券を発行する等の支援をした。,現追手前高校で浜口雄幸(第27代 内閣総理大臣)とは親友であった。

昭和12年鏡川河畔等で開催された南国博覧会ではこの時貴族院議員で協賛会長(右端)を勤めちょります。
南国博1


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