坂本りうま・りゅうまと昔は言うこともあった

2014.05.29 (Thu)
りゅうま_2_2
龍馬の書き方と呼び方について!かなりの年配なら親がりゅうまと
呼びよったのを覚えちゅーかも? 昭和9年土佐史談会 松山秀実会長が
文部省に提言しそれが功を奏したか数年後 教科書には りょうまと  

龍馬の書き方は司馬遼太郎が竜馬が行くを発刊、ブレークし 昭和40年頃 
竜馬⇔龍馬と入り乱れたので土佐史談会メンバーが高知新聞を訪れ龍馬に
統一をと提言し高知新聞も龍馬で統一した、と高知新聞のOB(土佐史談会会員)が
ブログに書いちょります、http://noburu.blog92.fc2.com/blog-entry-3.html

   以下 土佐史談会 機関紙より
国定小学教科書における坂本龍馬の「龍馬」に
対するフリガナの修正を求める申請書を提出した。

文部大臣松田源治殿
昭和九年七月廿五日土佐史談会長松山秀美
申請書
文部省著作昭和四年十一月十五日文部省検査済
高等小学国史下巻九十頁第六行に坂本龍馬、
文部省著作大阪書籍株式会社発行昭和八年七月
さかもとりうま十四日文部省検定済小学国史教
師用下巻一千四百十九頁第九行に坂本龍馬と有
之候処、右は左記の理由に依り坂本龍馬と修正
すべきものとさかもとりうまさかもとりようま
存候に付、至急可然御修正相成度此段申請候也。
理由
一、坂本龍馬は自ら龍馬と呼びたること、
日本史籍協会出版坂本龍馬関係文書第一、
二百四十六頁所載同人が姪春猪へ宛てたる
自筆の書翰りようまりようまに、正月廿日りよふ?
春猪様 とあるによりて明なり

二、坂本龍馬の後嗣にして現在北海道札幌市外
在住坂本弥太郎氏に、同家にては如何に呼来り
しかを問合せたるに、一族にては従来「りょ
うま」と呼来れりとの回答に接したり。

三、幕末の際同志として相携へて国事に奔走したる
同藩出身現静岡県蒲原町在住元宮内大臣田中光顕氏
に当時坂本龍馬を如何に呼びたるかを問合せたるに、
土佐人は一般に「リョウマ」と呼べり、他地方の者
の中に「リュウマ」といふものあるも土佐にて呼べ
る方正しとの回答に接したり。

四、坂本龍馬の義姪にして現在高知市小高坂在住元
高知県会議員近沢銘吉氏に龍馬の呼び方を問合せた
るに、一族間にては従来「リョウマ」と呼び来れり、
近頃小学児童等の「リュウマ」と呼ぶは甚だ迷惑な
りとの回答に接したり。

五、土佐にては従来一般に坂本龍馬と呼び未だ「龍馬」
といふものを聞かざりしに、近時小学校児童中に
「リュウマ」といふものを生じ、りようま りうま
其の為に従来の名称と符合せず一般世人の史的観念に
混乱を生じつゝあり。 以上の理由より速に国定小学
教科書中の坂本龍馬を、坂本龍馬と修正すべきものと認む

以上 土佐史談会 会報より
土佐史談会土佐史談会

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