天神大橋は昭和の時代 3つ架け替えられた。

2016.05.14 (Sat)
藩政時代から お祭りのたんびに高知市民が大挙渡る天神橋 明治30年天満宮の夏祭りには重量オーバーで木製の天神橋の橋台が折れて多数の重傷者を出したと言う 写真は木製の橋から始めてコンクリート製になった天神橋。大正14年5月架橋昭和2年天神橋
何故高知城下の鏡川に橋が一つしか無かったか? それは敵から高知城を攻められた時 木製の橋を壊し敵が鏡川を泳がんと渡れ無い状況にする為、北から攻めてこられたら橋を南に渡ったあと壊し 筆山から南の山に逃込む段取り。

↓昭和33年に天神大橋と言う名前で車道と歩道が初めて出来架け換えられ昭和40年過ぎには高知城がビルに隠れて見えんなった
昭和33年落成

↓現在の天神大橋は昭和61年6月、長さ145m、幅14.5m全体に高く架けられて朱色になり派手になった。
天神橋平成27年

↓潮江村村史の中に藩政時代からの天神橋のことが詳しく載っちょります。
天神橋について縦
明治36年から昭和の初めにかけ天神橋は個人で架けた賃橋でいっつも渡る人は盆暮れに払った。

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