高知城三ノ丸を広げる手伝いは10歳以下の子供も。

2016.07.09 (Sat)
中高坂山はこうして無うなった、三ノ丸御殿を建てるには狭く中高坂山を崩した。
子供も広げた06-07-26

↓高知城天守内ジオラマ
土石1升お駄賃

10才以下の子供
この高知城が建っている山は 大高坂山 埋立には 中高坂山を崩してその土を使いました。現在も、
小高坂山と言う呼び名が残っていますが中高坂山は、築城によって幻の山となりました(土佐史談190号平成4年)
「大高坂はおおたかさかである」近藤勝 著

まだまだ中高坂山~葛ケ丘(円満寺の森)のことを調べ書くにはものすごい資料 説明が必要、
県立図書館にあった 高知県史にもあったですが、、行き着く所 七人ミサキの怪談に、、、

(本丸・二丸己に成を告げ、三丸には地盤缺焔(けっかん)ありて、土を中高坂山に取り之を補填せり、
之が為に中高坂山は毀盡て、ただ桜馬場奮圓満寺境内に小丘を残すのみなりが 之もまた維新の
後毀除き 今は一うんをもあまさざるに至れり。經營全く成りて牙城高く本丸に聳(そびえ)、之に次て
二丸 三丸の兩郭(りょうかく)大厦棟(だいげとう)を比へ、之を聯絡(れんらく)するに長廊を以てし、
樓櫓相望み石壁誚起し数個の壯門其の上に巍立(ぎりつ)し最偉観を極めたり) 以上高知県史)


親サイト高知の面白いページ
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top