トップ画像
版籍奉還の後 明治4年5月高知藩から民部省への届け出書の内訳・やはり平民が多い。

明治4年高知藩の戸数・人口2
昭和44年発行(高知県の歴史・山本大著)参考

華族とは 明治以降の特権的貴族層で土佐の場合土佐藩主
卒族とは 下級武士で同心、足軽。 郷士のなかで金で買って一代限りは平民と見なされる。

明治3年 士族が今で言う県庁職員になり 兵隊には士族、卒族、平民の中から選ぶ。
武士の切捨て御免を廃止この時点では士族の廃刀は自由、平民も馬に乗って往来できるようになった。
士農工商の隔ても無く貴賎上下の階級由るによらず貴重の霊物なるを知らしめ人々をして自由の権を与えことごとくその志願を遂げしむるを庶幾するのみ、、、、)
この思想と布告にもとづいて板垣退助たちは藩政改革を実施した。


親サイト高知の面白いページ

関連記事

土佐の昔 | コメント:0
<<城西公園のイチョウ | 高知の面白情報・今昔・夜景・等々 | 高知城のパープルライトアップの意味は??>>
この記事のコメント
コメントの投稿

フリーエリア

にほんブログ村 写真ブログ 四国風景写真へ
にほんブログ村

フリーエリア

カウンター

| 高知の面白情報・今昔・夜景・等々 |