膏取り騒動とは??

2017.01.12 (Thu)
明治4年土佐の山間では まだまだ現在の様な教養を持つまで
至らず 流言飛語に惑わされ考えられんようなことを信ずる時代
膏取り騒動とは

明治四年暮れに発生した膏取り騒動発端は他県にさきがけて
創設した近代的医療機関の吸江病院に雇われた外国人医師と
備品の鉄製ベッドが民衆の恐怖を喚起した。「この度政府が
藩主を追い出し県の邪な職員が異民族の医師に日本人を売渡し
鉄灸(病院のベッドのこと)に乗せて下から火で炎り、膏
(あぶら)をとって彼らの滋養に供させる」との噂が乱れ飛び
総勢一千人の大一揆となる、、、、
土佐史談231号(文明をめぐる官と民の葛藤)松田裕之氏著



膏取り騒動は、徴兵令施行のため各戸について年令を調べ、家に
調査番号をはりつけたりしたので、不安に思ったその時「外国人が
来て吸江病院の鉄製の寝台の上で若者の生血を取るのだ」というデ
マが飛んだので、混乱を起した。この時県参事林有造は出兵をさけ
自ら鎮撫の先頭に立って池川の主謀者竹本長十郎外五名を捕え斬首、
土佐郡森郷の山中陣馬は事のならないのを察して自殺したので県の
役人の説得に従って無事に拾収された。津野山方面ではその噂は流
れたが、新政を歓迎するリーダーがいたので事無きを得たのである。

土佐史談182号 市町村制百年記念明治の土佐特集号
(発足前後の東津野) 上田茂敏氏著


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